nao (ex.菜象)は出たら芽!

公開日: : 最終更新日:2021/01/18 nao Comment

nao (ex.菜象)だ出たら芽だ

‘ 出たら芽’というユニット名になってしまった。

まあ、出鱈目だからいいだろう。

昨日も結城ひろしと話したのだが、この‘ 出たら芽’は自分が楽曲提供していることにおいて生じるストレス解消の為に始めたもの。

楽曲提供していて生じるストレス?
ちょっと失礼かな?

自分が作った曲を歌って貰うことは何より有難いのだが、曲を作るにおいては自分の抱くイメージも一緒について出来上がる。

そのイメージで歌う人に歌って貰えるかと言えば、なかなかそうはいかない。

かと言ってその自分が抱くイメージを歌う人に押し付けることは良くない。

やはり歌う人の個性もあり、その人の歌い方を受け入れなくてはならない。

そうして出来上がった曲に対して、自分の抱くイメージは残り続ける。

ここにストレスが生じる。

これは仕方がないし、悪いことではない。

だから、自分が作った曲はいくら歌う人がいい歌を歌っても、作った自分の中ではずっと自分の理想の形は残り続ける。

そこで始めたのが‘ 出たら芽’。

かと言って‘ 出たら芽’が全てストレスを解消してくれるものでは決してない。

逆に‘ 出たら芽’で大きなストレスも生じる。

‘ 出たら芽‘’はボカロ相手にやっている。

だからピッチもリズムに関してはなんとでもなる。

それに音域も歌う人に合わせる必要も無い。

「このくらいは出るだろう」と思った辺りでメロディーを作れるし、「ここまで出てくれたら!」と思って夢を描いて曲を作れる。

しかしこれをやっているとやはり生身の人間の歌がどれほど良いか改めて気付かされる。

結局‘ 出たら芽’は行ったり来たりするひとつの場所としてやり始めた。

音楽は絶対これが完成なんてものは無い。

そしてひとつの曲が、
「これもいい!この人が歌ったらまたいい!」
という感じで色んな形で生まれ変わる。

音楽というのはやってる限りあっちへ行ったりこっちへ来たり。

そのあっちへ行ったりこっちへ来たりする所を良い所にする為に‘出たら芽‘’を始めたようなもの。

自分勝手に好きなように音楽を作る。

そして生まれる。
それは人に渡すものでも無ければ自分の中で消化させるもの。

だからこれは排泄物。

‘ 出たら芽’は自分の音楽を排泄する為のツールなんだな。

誰になんと思って貰うなんて全く思わない。

とても幸せな空間。

そして生身の人間の歌がどれほど良いものかを改めて教えてくれる。

‘ 出たら芽’はやらないといけないんだな。

その排泄物をしっかり処理してくれるYOSHIZAWA君にはホントに感謝だ。

という事で2019年の排泄物は今のところ8曲出来た。

来年の、「排泄2019」?
ちょっとエグいかな?

「Excretion 2019」
となるかな?

どちらかのタイトルでアルバムリリースしますよ!

お楽しみに。
そして‘ 出たら芽’をよろしく。

nao (ex.菜象)

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